京都大学ラグビー部創部100周年記念シンポジウム
2022年7月10日(日)京都大学時計台記念ホール
〈テーマ〉「学生スポーツとしてのラグビーが目指すべき将来像」
パネラー:山極寿一(京大前総長)、玉塚元一(ジャパンラグビーリーグワン理事長)、廣瀬俊朗(元ラグビー日本代表キャプテン)、溝口正人(京大ラグビー部監督)
モデレーター:谷口誠(日経新聞記者)
会場となった京都大学時計台記念ホール。受付作業を手伝う現役ラグビー部員たち
左)水田和彦・京ララグビーフットボールクラブ会長からのご挨拶/右)総合司会を務めるラグビー部マネージャー・酒井春野さん
▼オープニング/水田和彦京大ラグビーフットボールクラブ会長挨拶
冒頭で流された100周年記念シンポジウム・オープニング映像。京大ラグビー部100年の歴史をダイジェストで紹介。
▼オープニング映像(6分)
パネラーによるディスカッションを始めるにあたり、溝口正人京大ラグビー部監督より、「京大ラグビーの歴史とカラー」についてプレゼンテーションを行った。
▼溝口正人監督によるプレゼンテーション動画はこちら
▼昭和4年、京大 VS慶應定期戦映像(農学部グラウンド)(ダイジェスト)
映像提供:笹山俊彦
(廣瀬俊朗・元ラグビー日本代表キャプテン)実は、京都大学に入ってラグビーをやりたいと思っていた。北野高校の同期が2人、京大ラグビー部に入っている。気楽とか、おもろいを大事にしている点でも親和性を感じる。京大ラグビー部に入っていたらどうなっていたんだろう、と思う。
(玉塚元一・ジャパンラグビーリーグワン理事長)慶應大でラグビーをやっていた。受験の壁が厚く、外から良い選手をとれない点で京大と状況は似ている。ジャパンラグビーリーグワンの立ち上げ、いろんな企業の経営にも携わったので、リーダーシップという観点も交えて話したい。
(山極寿一・京大前総長)アフリカで40年以上、ゴリラの研究を続け、常々「ラグビーはゴリラだ」と言ってきた。だから今日、ラグビーにあまり縁がない私が呼ばれたのだろう。丸和運輸機関様にラグビーフィールド2面を寄付いただく契約を総長の時に結んだこともある。
――大学ラグビーの意義とは何か。
(山極)東京都立国立高校でラグビー部に入ったが、デカパンは好きじゃないのですぐ、バスケットに転向した。ゴリラが胸をたたくドラミングは、NZのハカとそっくり。どちらも戦いの構えではなく、自己主張だ。ゴリラには負けるという姿勢がない。集団が身体を共鳴させて信頼関係を築くギリギリのサイズが15人で、まさにラグビーだ。
(玉塚)慶応大はきつい練習。気絶するぐらい追い込むことは実生活ではなかなかない。大学でラグビーが好きでなくなってしまった。でも、根性はつく。ノーサイドの精神のほか、慶応には「花となるより根となろう」という言葉がある。強い個による信頼関係の総和、というチームプレーの本質も学べる。今の日本の問題は、技術のタネを事業化できないこと。京大なんかは最強だと思うが、カギになるのは技術もわかるし組織をまとめられる人。組織を同じ方向に向け、結果を出せる人材を世の中は求めている。ラグビーは素晴らしい経験になる。
(廣瀬)理論を体感し、体に落とし込んでいるのが大きい。しんどいし痛い、という恐怖心を乗り越える経験を若い時にやれる。慶応大は部員120人いて、大阪から来た私のようなものから幼稚舎出身とか背景がいろいろ。そのチームを同じ方向に向ける。人の成長にとって何事にも代えられない。
(溝口)個人の成長とともに、仲間づくりの機会としても重要だ。ラグビー部の同期が「溝口が監督の間は手伝うよ」と言ってクラブの運営に協力してくれる。100周年を機に多くのOBと接し、脈々と続くクラブへの愛をひしひしと感じる。この「愛」はふだん食事に表れる。先輩が後輩におごり、後輩は先輩に返す必要はなく、さらに後輩にごちそうする。
――山極さんは京大総長の時、創立125周年にあたって「Wild & Wise」という標語を掲げた。スポーツとの関係性は?
(山極)真の意味は、気構え、気概だ。あらゆる想定外の事態に直面した時に逃げずに身一つで立ち向かう。それがないと学問だってできない。スポーツはそれを鍛えてくれる。
ゴリラは構える時、「ナックル・ウォーキング」と言って軽く指を曲げて握る。手の平を広げていると一瞬、遅れるからだ。ゴリラは手が足の倍ぐらい長いが、ハカでは腰を落として上半身を大きく見せる。一番かっこいい姿勢だ。
ラグビーは仲間の背中を見て走る。ボールを持つ選手が先頭を走り、背中で意思を伝達する点でも、他のチームスポーツの中でラグビーは抜きん出ている。松下幸之助さんはリーダーの条件として3つ挙げた。愛嬌がある、運がよさそうに見える、そして背中で語る。すべてゴリラのオスにあてはまる。
スポーツは勝ちを目指すが、試合が終わればみな友達だ。これはゴリラにはない、人間だけが編み出した身体の芸術だ。
(玉塚)高1でラグビーをやっている息子の世代は、時間があればゲームで遊んでいる。コロナ禍もあって、どんどんバーチャルの世界が広がっていく中、リアルなやり取りを重ねた経験が逆に、ユニークなアドバンテージ(利点)になるのではないか。
(山極)Z世代はそうした技術を手にしてしまったから、捨てられない。バーチャルの世界は自分の思う通りに展開し、だめならスイッチを切ればいい。でもリアルの世界で、他人の身体は自分の思い通りにならない。これらを併せ持つことが大事だ。
(玉塚)リーグワンについて説明したい。それまでのトップリーグは日本協会の下にあったが、それを独立させて、チケットをどう売るか、どう魅力的な試合をやるかを自分たちで考える仕組みにした。コロナ禍で開幕戦が中止になるなど苦労したが、初年度を終えて、ラグビーの多様性を感じた。ディビジョン3まで24チームのうち海外のキャップ保持者が60人いる。計1800キャップ。トップ12チームのうち10人が外国人のヘッドコーチだ。そうした中で日本人選手が刺激を受けて切磋琢磨して、日本代表を強くするプラットフォームができた。日本の義務教育を受けた選手を何人まで入れる、という議論も始めている。
――多様性を大学時代に経験する意味は。
(廣瀬)自分のやってきたこと、正解を押し付けず、お互い歩み寄る。それを練習や試合を通じて学べる。代表チームは15か国・地域から選手、監督、スタッフが集まっていた。そうした中でどうまとめていくかを学べた。一つは人間関係。この仲間と一緒にやりたい、と思うと力を発揮してくれる。もう一つはチームの大義や目的、ゴール設定を共有することだ。
(山極)ゴリラも仲間割れはする。特にメスは仲が悪いが、オスが力ではなく、平等の精神で間に入ってなだめる。
京大の体育会は「濃青」をシンボルカラーに使っている。もともとイギリスの栄誉ある騎士の称号を与える時に使う色で、オックスフォード大学に由来する。東大はケンブリッジ大ゆかりの淡青を採用した。また、フランス国旗の三色のうち青は自由を象徴する。京都大学に自由を根付かせたいという創設当時の思いが込められている。
――京大ラグビーは自由な発想、自由な雰囲気がある。ところで、大学ラグビーは強化が進む大学と、そうでない部員集めにも苦労する大学の二極化が進んでいる。
(溝口)人集めに苦労しているのは国公立大はじめ多くで起こっている。関西リーグ55チームのうち16チームが休会している。昨シーズン3チームが全試合を棄権した。合同チームを認める議論が出ている。未経験者をどれだけ入部させるかが大事だが、
コロナ禍で対面で自由に勧誘できない状況が続く影響は大きい。
(山極)どういう人を勧誘する? どんな性格が向いている?
(溝口)体の大きさのほか、顔つき、しゃべって面白いかどうか。うちの部にとって、「おもろい」はいいこと。
(廣瀬)素直そうな人。何かやろうかと言う時に、とりあえず一緒にやってくれる雰囲気を持っている人が来てくれるとうれしい。あと、断りにくそうな人。自己主張が強すぎる人はサッカーなんかの方が向いているかも。
――モチベーションをどう高めるか。現役時代の京大のように、日本一を掲げるチームではなくAリーグ復帰が目標だと、辞めると言い出す選手も出やすい。
(廣瀬)肩肘を張りすぎず、「そういう時もあるんちゃう」ぐらいの方がいい。人を変えることはできない。「いつでも帰ってきてな」「人が少なくて大変なことは覚えといてな」と言って送り出す。
(玉塚)ラグビーが好きな人口を増やすのは大事。(廣瀬さんが出演したTVドラマの)「ノーサイドゲーム」続編をぜひ期待したい。
(山極)ラグビーは他のスポーツに比べて目立つ選手が出にくい気がする。
(廣瀬)たくさんのポジションがあって、30年間プレーしているがラインアウトは1回もやったことがない。専門的なプレーと一般的なプレーが極端に分かれて両立している。自分がトライしても、だれかがボールを運んでくれたおかげと思う。だから、自分が目立ちたい、とはあまり考えたことがない。そういう精神性が勝手に育まれるスポーツだ、また、相手チームへのリスペクトもあるのがいいところ。レフェリーも含めてお互いでいいゲームを作る文化がある。
――京大のような、選手を集められないチームが心を一つにするには。
(廣瀬)北野高から京大ラグビー部に来る人は、おもろい、わくわくすることが好きな人が多い。ルーツとかオリジナリティー(独自性)が大事だと思うので、京大らしさ、カラー、価値観を突き詰めて大事にし、意思統一して挑戦するプロセスを楽しんでほしい。ベストを尽くし続けることも大事だ。部員50人全員がそれらを共有できれば、高校生にとって魅力的に見えるのでは。ラグビーはトップダウンよりはボトムアップが大事だ。
(溝口)学生主体で自分で考え、自分たちでやる伝統がある。ただ、自分たちだけではなかなか限界を超えられないので、背中を押してあげるのが自分の役割と思っている。Aリーグ復帰という今年の目標も、監督やOBが押しつけたのではなく、学生たちから自然に出てきた。
――大学の体育会のあり方とは。
(山極)日本学術会議でこれからのスポーツのあり方を議論した。勝つことを目指すスポーツもあれば、市民スポーツ、高齢者スポーツ、障害者スポーツ、さらにはeスポーツまである。まさに多様性だ。学生のほとんどはプロになるわけではなく、学生時代のスポーツをよすがに社会に出て行く。体も精神も未熟な20歳前後の若者が4年間、身体を共鳴させてスポーツに打ち込み成長することは、言葉で言い表せないぐらいの財産になる。とりわけラグビーはこの点で他のスポーツに比して抜きんでている。
(溝口)OBの尽力でオックスフォード大学に2023年春に来てもらい、翌24年春に遠征する計画を進めている。
(玉塚)国際交流はすごくいい。現役時代、OBにお金を出してもらってイギリスに3~4週間遠征し、6試合ぐらいした。その経験から「世界で活躍するビジネスマンになりたい」と思うようになった。ケンブリッジ大生は代表選手になったり、医者や弁護士として活躍したりと様々だ。京大のいいベンチマーク(指標)になるのでは。どういう風に文化を保ち、目標を設定しているのか徹底的に聞いたらいい。
――最後にひと言ずつ
(山極)スポーツは美しくないといけない。
(玉塚)これからのリーダーに求められる武士道、すなわち正しい道徳観、倫理観もラグビーは育んでくれる。
(廣瀬)京大はクラブハウスがあると聞き、地域貢献の拠点になり得ると思う。天然芝と人工芝のグラウンドを子供たちに開放することもできるだろう。可能性はすごく大きいと感じた。
(溝口)クラブのあり方は将来、目指していきたい。ただ、コロナ禍でクラブの文化が失われつつあることに危惧を感じるので、途絶えさせずに伝えていきたい。
Q)ラグビーの経験は、起業など自由な人生の選択に生きているか?
(廣瀬)自分が本当にやりたいと思わないと力にならないし、伝わらない。そういう経験が自分らしく生きることにつながっている。それが自分の軸になっている。
Q)難しい入試を突破した人たちがラグビーをする意義は?
(玉塚)Wise & Wildの Wiseを身につけている優位性を京大生はもっている。それだけではこれからの時代のリーダーはだめだ。リーダー志向、何らかの組織でリーダーシップを発揮したい人はラグビーがいい。試合に負けたとしても、多くを学べる。
Q)ラグビーのポジションをゴリラの集団にあてはめたら?
(山極)ラグビーは花いちもんめに似ていて、攻めと守りを同時にやらなければいけない。攻守交代で直感的な頭の切り替えが必要だ。役割が一定程度は決まっているが、自由に交代しながら進む。厳しいルールの中で、いかに敵に打ち勝つか。信頼関係は、SNSの時代になっても広がっていない。身体を共鳴させて付き合った仲間でないと、生涯信頼できる関係にはなりにくい。京大生はWise でも何でもない。知識をいかに早く引き出すかに長けているだけ。他人の体の中に眠っている知恵を引き出す能力はない。それこそがリーダーに求められる能力、資質だ。それを大学で経験し、高めてほしい。
(玉塚)本当に大事なのは、知識をつなげて結果を出す能力だ。いろんな人の話を聞いてコンセンサス(同意)を得たり、複雑な事象から短時間で課題を絞り込んだりする、実践で活用できる能力が必要だ。
(溝口)ラグビーは局面が変わるたびに瞬時の判断が求められるが、人生の様々な場面でもまったく同じ。試合になったら監督は選手を信じて待っているだけ。ふだんの練習から学生が自ら考えて動く習慣を鍛えることが、その後の人生に役立つと思う。
▼シンポジウム(ウェビナー)通し映像はこちら(1時間14分)
京大ラグビー部創部100周年記念シンポジウム/式典
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この度は 貴重な時間を割いて〈シンポジウム / 式典〉にご参加・ご視聴くださり、大変ありがとうございました。
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特に心に残った場面や言葉などはございましたでしょうか?
また、これからの京大ラグビー部・クラブに対して、どの様な期待感を持っていただけたでしょうか?
当クラブ が100周年イベントにて一つの節目を経て新たな一歩を踏み出すに当り、今後の参考にさせていただきたく、ぜひ、みなさまのご感想をお寄せください。
▼登壇者プロフィール
山極 壽一氏(京都大学前総長)
1952年生まれ。霊長類学者、ゴリラ研究の第一人者。京都大学理学部卒、同大学院で博士号取得。京都大学霊長類研究所などを経て同大学教授。京都大学総長、日本学術会議会長、国際霊長類学会会長、国立大学協会長などを歴任。2021年4月から総合地球環境学研究所所長。同年、ゴリラ研究・保全を評価され、南方熊楠賞を受賞。京都大学創立125周年記念事業として「グローバルリーダーの育成」「次代の”おもろい若手”の育成」を標榜する。
玉塚 元一氏(ジャパンラグビーリーグワン理事長)
1962年生まれ。 慶應義塾大学卒業後、旭硝子株式会社、日本IBM、 株式会社ファーストリテイリング代表取締役社長 兼 COO、 株式会社リヴァンプ代表取締役社長、株式会社ローソン代表取締役会長CEO、 株式会社デジタルハーツホールディングス代表取締役社長CEOを歴任。2021年6月から 株式会社ロッテホールディングス代表取締役社長。ケース・ウェスタン・リザーブ大学経営大学院 MBA取得、サンダーバード大学大学院 国際経営学修士号取得。2021年10月、ジャパンラグビーリーグワン理事長に就任。
廣瀬 俊朗氏(元ラグビー日本代表キャプテン/株式会社HiRAKU代表取締役)
1981年生まれ。元ラグビー日本代表キャプテン。ラグビーW杯2019では公式アンバサダーとして活動。試合解説をはじめ、国歌を歌い各国の選手・ファンをおもてなしする「Scrum Unison」や、TBS系ドラマ「ノーサイド・ゲーム」への出演など、幅広い活動で大会を盛り上げた。現在は、株式会社HiRAKU代表取締役として、ラグビーに限定せずスポーツの普及、教育、食、健康に重点をおいた様々なプロジェクトに取り組んでいる。
溝口 正人氏(京都大学ラグビー部監督)
1966年生まれ。1990年京都大学農学部農林経済学科卒、現在は都市開発事業を中心とする不動産事業全般に従事。ラグビーは中学3年の夏から始め、兵庫県立神戸高校、京都大学で主将。高校3年時はオール兵庫でも主将を務めた。2017年監督就任。学生の自主性に任せた明るい雰囲気でAリーグ昇格を目指す。
谷口 誠氏(日本経済新聞記者) (モデレーター)
1978年生まれ。日本経済新聞編集局運動部記者。膳所高から京大教育学部。大学卒業後、日本経済新聞社へ。都庁や警察、東日本大震災などの取材を経て現部署。早稲田大大学院スポーツ科学研究科で社会人修士課程修了。ラグビーW杯は2015年大会など2大会を取材。運動部ではラグビーのほか、野球、サッカー、バスケットボールなどの現場を知る。
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