「壊し屋」の異名で対戦相手から恐れられた元日本代表の林敏之さんは、オックスフォード大学に留学した経験があり、ケンブリッジ大学との定期戦に出場した選手に与えられる「ブルー」の称号を持つ。2023年4月にオックスフォード大が来日し、京都大学と対戦するのを前に、オックスフォード大での経験や海外との交流が持つ意味について聞いた。
――若者がラグビーを通じて海外チームと交流する意義は
パブリックスクール、オックスフォード大(以後=オ大)、ケンブリッジ大(ケ大)でラグビーが発展し、サッカーと分かれてルール化されていった。紳士を育てる教育の場でもあり、オ大で経験したことは特別だ。現地で生活して初めて分かることがある。それは、文化の違いや、日本の素晴らしさ、そして自分が日本人であるという事などだ。
遠征してくる海外のチームと日本の大学生が交流する。ラグビーの違いを感じる、たとえば腕が長いなとか、いけるかなというパスが通らない、ということを経験するのも大事だ。
京大のジャージーはダークブルーでオ大と同じ。胸のライオンマークはケ大っぽい。
オ大でバーシティーマッチ(ケンブリッジ大との定期戦)に出場したのは1990年。ラグビーはキャプテンシー、リーダーを育てるためのスポーツだ。オ大では、キャプテンが出場メンバーを決め、コーチを委嘱する。キャプテンが中心になって運営する雰囲気が当時は強かった。今もその精神は変わらないのではないか。
▼オックスフォード大学でのバーシティマッチ出場と「ブルー」の称号
8週間で1学期だが、その間学生は課題図書と格闘し、エッセーを書いてと皆、むちゃくちゃ勉強する。その中でラグビーする。タイムマネジメント(時間の管理)がすごくしっかりしている。
私にとってはバーシティーマッチに出るのが夢だった。何とかちゃんとした学部生にならないと出場できないので、ポジションを獲ることとともに大きなチャレンジだった。
――今回の交流に期待することは
海外のチームと試合するのは楽しい。試合前の緊張感、激しい試合、アフターマッチファンクション。すべてを含めてラグビーだったと思う。対戦する選手たちは今後、社会で活躍していくメンバーばかりだと思うので、これをきっかけにつながっていければいい。
バーシティーマッチから10年目、20年目はイギリスに行って当時のメンバーと旧交を温めた。30年目はコロナ禍でZoomミーティングになった。それでも世界各国から集まって、盛り上がった。
キャプテンだったマーク・イーガンは神戸製鋼でもプレーし、その後、ワールドラグビーに勤務し、今も日本と世界各国をつなぐ役割を果たしてくれている。日本協会専務理事の岩渕健輔さんはケ大でブルーになったが、その時の繋がりが今も役立っていると思う。
――同志社大の学生時代、対戦した京都大学の印象は
強かったですよ。でも、負けるわけにはいかなかった。皆さん、同志社大と対戦する時は燃えてたんでしょう、目の色が違っていた。同志社大を指導した岡仁詩さんは星名秦先生(京都大監督、同志社大学長)からラグビーを教わった関係だが、特定のチームについての対処、指示はなかったように記憶する。
――林さんにとってラグビーとは
「浸りきること」と「湧き上がる感動」だ。瞬間瞬間に没頭させてくれる。このパス、このタックル、という瞬間に生きられるか。グラウンドの中では考えている暇がない。無我になれば夢中になり湧き上がる感動があった。とめどなく涙があふれる、その瞬間に人間の真実があることを体験させてくれた。
小・中学生のラグビースクールでラグビー人口は増えている。ワールドカップでの日本代表の活躍も寄与しているだろう。
ラグビーは教育のためにつくられたスポーツだと思う。日本代表やリーグワンというトップレベルが強くなる。その一方で、教育の側面という原点に帰って、二つの面で発展していかないとだめだと思う。オ大は模範だ。
▼林敏之さんにとってのラグビー、強靭な身体の本当の源とは?
――オ大の運営で学ぶべき点は
個人を認める。しっかり勉強しながらラグビーする。カーディフへの3時間の遠征バスでは、選手達は分厚い本を持ち込んで読んでいた。京大も一度コーチに行った菅平合宿で、昼休みに勉強している姿があって、凄いなと思った。
オ大では試合前にモチベーションを上げるのも個人に任されている。私は昂ぶる感情を共有して水杯を交わすようなのも好きだが、コーチが檄を入れるとかでもない。一度ヘッドコーチに聞いてみたら、「試合が始まって最初5分はいいが、その後はセルフモチベーションが大切だ」「熱くなっていいポジションと、そうでないポジションもある」「全員で盛り上がるのが好きなやつも嫌なやつもいる」という説明だった。
ただ、バーシティーマッチは違う。他の試合に全部負けても、バーシティーマッチに勝てばいいシーズンだとみなされる。トィッケナム競技場での雰囲気は格別で忘れられない。
個人に任されている部分が多いが、オ大の選手たちは遠征すると仲がよく、全員で同じバーに行く
――オ大を迎える京大の選手たちにエールを
Enjoyしてほしい。勝っても負けても「Did you enjoy?」と聞かれた。真剣にやり合って、勝って喜び、負けて悔しがり、アフターマッチファンクション。それらをすべて含めてEnjoy してほしい。Have a fun とは少し違う。
NZに遠征した時に、元オールブラックスのオールドラガーが「ともにラグビーをしたことが大事。勝った負けたは忘れてしまった。最後はラグビーが勝ったんだよ」と言っていた。
同じ時と感情を味わう以上に人と人が近づくことはない。ラグビーの中にそれがあった。
京大でも、現役はもちろん頑張ってるが、OBも一生懸命、ラグビーで体験したことを学生にも同じように経験してほしいと思って頑張っておられる。そういう暗黙知があるのだろう。
▼オックスフォード大学との国際交流戦を行う京大ラグビーへのエール
――もともと頑丈な体だったのか
親が頑丈に生んでくれた。サッカーやってたときから当たるのが好きだった。もう一つ、劣等感の昇華という面もある。人と話すのが苦手で、熱いものを求めていたが、たまたまラグビーに出会った。
――彼らは試合での集中力が凄い
グラウンドの中と外は違う世界。グラウンドは非日常で、ラグビーのルールだけが支配している。ロッカールームでどう切り替えて浸り切れるか、というのをずっとやっていた。ほっぺたを自分で殴っていた。激しくやり合うから共感できて、試合後に仲良くなれる。オ大とケ大も罵り合いながら実は仲がよい。
▶︎林敏之さんプロフィール
同志社大学、神戸製鋼で活躍し、神鋼の7年連続日本一に貢献。日本代表として13年間で38キャップ。第1回W杯では主将。1996年に引退し、教育の道を志し感動人生を歩むヒーローを育成する。NPO法人ヒーローズ理事長として全国各地でラグビーの普及にあたる。
2023年2月14日、Zoomで取材/水田時彦、奥村健一、西尾仁志
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